福岡高等裁判所 昭和56年(ネ)219号 判決 1982年1月27日
主文
本件控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人らの負担とする。
事実
控訴人らは、「原判決を取消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴人は主文同旨の判決を求めた。
当事者双方の主張及び証拠関係は、次のとおり付加、訂正するほか、原判決事実摘示中控訴人ら関係部分のとおりであるからこれを引用する。
一 原判決四枚目裏八行目の次行に「4」として「また、仮に右贈与契約がなされたとしても、亡寿一が生前にそれを取消したものとみるべきである。すなわち、亡寿一は死亡直前には被控訴人との仲がきわめて険悪で、被控訴人に対し「まだ財産は俺の物だから薬に金がいるときはいつでも売つて自分のよいようにする。」と言つていたものであるから、昭和四〇年三月一日死亡までの間にすでに贈与の意思表示を取消していたものとみるのが自然である。」を加える。
二 原判決四枚目裏一〇行目の冒頭に「2」を加え、その前に「1」として「被控訴人は、亡寿一死亡後間もない昭和四〇年七月控訴人西田澄子方を訪ね、同人に対し相続分の放棄方を依頼し、相続分が存在しない旨の証明書と題する書面を示してこれに署名捺印を求めたことがあるが、同控訴人は直ちにこれを拒否した。さらに被控訴人は、そのころ控訴人上田ミツヱに対し前同様の書面を郵送し相続分の放棄方を依頼したが、同控訴人も直ちにこれを拒否し右書面を返送した。右被控訴人の行為は控訴人らに相続分があることを前提とするもので、被控訴人は控訴人らに共有持分権があることを暗黙に承認していたものであるから、昭和四〇年七月をもつて被控訴人の時効による本件不動産の取得は中断された。」を挿入する。
三 原判決五枚目表八行目の次に「四」として「同一、4の事実は否認する。」を加え、同九行目の「四」を「五」と改め、同行の「抗弁二」の次に「1の事実は否認し、2」を挿入する。
四 当審における証拠として、被控訴人は甲第一一号証、第一二号証、第一三号証の一ないし二四を提出し、被控訴本人尋問の結果を援用し、乙第一号証の成立は不知と述べ、控訴人は、乙第一号証を提出し、証人宮本キクモ、同高橋徹也の各証言、控訴人西田澄子、同上田ミツヱ各本人尋問の結果を援用し、甲第一一号証、第一二号証の成立は認める、第一三号証の一ないし二四の成立は不知と述べた。
理由
一 本件各不動産は亡寿一の所有であつたこと、亡寿一が昭和四〇年三月一日死亡し、被控訴人ならびに控訴人らが亡寿一の子であつて同人を相続したことは当事者間に争いがない。
二 そこで、まず本件各不動産の取得時効の成否について判断する。
原審証人井澤セツ子(第一、二回)、同沢野覚、当審証人高橋徹也の各証言、原審および当審被控訴本人尋問の結果を総合すると、次の事実が認められる。
被控訴人は、亡寿一の長男として生まれ、昭和二〇年三月井澤セツ子と結婚した後は被控訴人夫婦が主体となつて亡寿一と共に農業に従事して来たが、昭和三二年暮ごろ、専売公社が煙草の耕作者に対し補助金を交付して煙草の乾燥設備等を整備させた際、それを機会に亡寿一から「お綱の譲り渡し」を受けることとなり、昭和三三年元旦にその譲り渡しを受け、以後農業経営と共に家計の収支一切を一任され、農協に対する借入金等もその名義を亡寿一から被控訴人に変更し、被控訴人が農協から自己の一存で金融を得て来たが、当初農協からの信用をうるため農協の要望に応じて亡寿一所有の山林の一部を被控訴人名義に移転したりした。右「お綱の譲り渡し」は熊本県郡部で今でも慣習として残つているところもあるが、所有権を移転する面と家計の収支に関する権限を譲渡する面とあり、その両面に亘つて多義的に使用されている。
以上の事実によれば、被控訴人は昭和三三年一月一日「お綱の譲り渡し」を受け、農業経営ならびに家計の収支一切を取りしきり、対外的にも農協からの借入金も自己の一存で行い農協の要求に応じて担保のため自己に亡寿一の山林の所有権の一部を移転するなど、単に家計の収支面の権限にとどまらず財産的な処分権限まで付与されていたものであつて、右処分権限の付与をもつて未だ所有権の贈与と断じ難いとしても、被控訴人が右権限の譲渡を受けたことによつて本件各不動産の処分権能までも全面的に譲渡を受けたと信じたとしても無理からぬことであつて、自己が本件各不動産の所有権を取得したものと信ずるについて過失がないものと認められ、右「お綱の譲り渡し」によつてその占有も移転したものと言うべきであるから、被控訴人は、本件各不動産を昭和三三年一月一日から所有の意思をもつて平穏、公然と占有し、その占有の始め善意、無過失であつたからこれより一〇年の期間を経過した昭和四三年一月一日本件各不動産を時効により取得したものと認めるべきである。
三 ついで、控訴人らの時効中断の抗弁について検討する。
1 抗弁二、1については、当審控訴人西田澄子、同上田ミツヱ各本人尋問の結果によれば、ほぼ控訴人ら主張のとおりの事実が認められるが、右事実によつても未だ被控訴人が控訴人らの共有持分権の存在を承認していたと認めるには十分でなく、かえつて、当審証人高橋徹也の証言、当審被控訴本人尋問の結果によれば、被控訴人は単独相続によつて本件各不動産の所有権を取得したが、その一部を処分する必要があるということで、司法書士に登記の手続を依頼したことが認められ、控訴人らの右主張は採用できない。
2 抗弁二、2については、控訴人ら主張の日時にその主張の調停が申立られたことは当事者間に争いがないが、前叙のとおり、被控訴人は昭和四三年一月一日をもつて本件各不動産の所有権を時効によつて取得したものであり、控訴人らの主張は右時点後のものであるからこれを採用することができない。
四 したがつて、控訴人らは、本件各不動産について、相続により取得した各持分権について被控訴人の昭和三三年一月一日時効取得を原因とする所有権移転登記手続をなすべき義務がある。
よつて、右と結論を同じくする原判決は相当であつて本件控訴は理由がないからこれを棄却することとし、控訴費用の負担について民訴法九五条、八九条、九三条を適用して主文のとおり判決する。